森岡書店 IN銀座

2022年4月26日(火)ー5月1日(日)

一冊の本を売るギャラリー

Honoka’s Emeralds出版に至ったハナシそして森岡書店

きっかけは2017年にロサンゼルスのGetty美術館での石内都さんの展覧会へと駆けつけ、そこで求龍堂の編集者三宅奈穂美さんと再会したことから始まりました。

三宅さんに初めて会ったのは27,8年前。

今は亡き脚本家の早坂暁先生の紹介で先生の定宿のホテルのロビーだった。

その頃私は22,3歳、エメラルドのバイヤーとして世界中を飛び回っていた。そして三宅さんは求龍堂の編集者として早坂先生の担当だった。

以来、石内都さんの展覧会でロサンゼルスのGetty美術館で

再会するまでお目にかかる機会はなかった。

このGetty美術館での再会から三宅さんと連絡を取るようになり、私にとっての初めての作品集出版の話がスタートした。

出版が決まった時の1番の重要課題….

エメラルド原石の写真を誰に撮ってもらうか?

エメラルド原石は生きていると信じている私にとって、エメラルド原石の血が流れている脈動を撮れる人は石内都さんしか考えられなかった。三宅さんも石内都さんと作品集を一緒に作っている仲間であり、友人。

だからこそ広告写真を一切撮らない都さんが、私が生業としているエメラルド原石を撮るなんてあり得ない、と誰しもが思った。

私が都さんの写真を初めて見たのは、生死を彷徨った劇症肝炎から回復して、コロンビアに戻る気力も次の目標もなく東京でブラブラしていた26歳の時。自分の中に性を感じてしまう横須賀の艶めかしい写真。

キリッとした気持ちになる反面、自分にある傷を思い返す写真。都さんの写真は被写体が自分の体に入り込み、体のどこかが疼きだす。

“どうしても都さんが撮影したエメラルドを見てみたい”

その思いをそのまま都さんにぶつけた。

そしてHonoka’s Emeraldsがスタートした。

撮影は都さんの思い出の詰まった金沢八景の自宅兼仕事場で行われた。

mother’sなども撮影した場所。撮影には三宅さんも来てくれ、ワインを空け、3人でご飯を作り食べながら思い出深い時間だった。

その夜、早坂先生が亡くなったと聞かされた。

そして後に三宅さんと会った時に、早坂先生から微を頼むと言われていた事を聞く。

ロサンゼルスに行かなければ三宅さんとの再会はなかった。

早坂先生とのご縁で三宅さんが編集して作品集は出来上がった。

石内都が撮ったエメラルド原石を見てみたいという私の身の程知らずとも無謀ともいえる、都さんへの撮影依頼。

時間が紡ぎ出した人との出会い、ご縁でHonoka’s Emerarlds は出来上がった。

今は都さんにお願いしたあの時の自分を自分で褒めたい。

早坂先生にはお礼を言えずに彼は逝ってしまった、この不義理は自分への重しとして背負っていかなければならない。

銀座で存在感を放つ、一冊の本を売るギャラリー・森岡書店で私の作品集 “Honoka’s Emeralds”が1年間に52回しかない週の一つを割いて、2021年の119日から1週間、展示・販売されることになりました。

そして作品集から3点、石内都撮影のプリントが初展示、販売されます。

エメラルド原石に時は流れてるのか?

生を受けた瞬間から、時間を背負う、私達生き物。

時間の空間を撮る都さんの作品プリントを見た瞬間、どう私自身に入り込むのか?想像もつきません。